○新卒のときには、とにかく担当の人の目(顔)を見て話を聞くこと、質問に答えることを心がけました。そのせいか、退職するとき(5年後)に総務部長から「○○さんは面接で目を見て話していたのが印象に残っています」と言われました。転職のときには、その仕事をしたい!という思いを強く強く持って面接に臨み、採用になりました。
●…記憶にございません。。。 若い頃活動したかな~~~?オバさんになって(初めての経験) 履歴書を書いたり、面接に行ったり……めちゃくちゃでしたが、楽しいですね。色んな人がいて……最初から雇う気のなさそうな人、家庭の事情を聞きたがる人、態度のでかい人 ← これは当然なのかな~~? 途中で私の携帯鳴るし…
○私の時代では今の様に「適職発見!」等々手厚い支援などなく、卒業=就職という事が当然の認識であった。サービス業に的は絞っていたがどの様な職についても「頑張るぞ!」と意欲満々であった。そんな当時を振り返り、印象に残っているのは当時付き合っていた彼と一緒に就職活動に励んだこと。同じ会社に内定し、就職したがその後破局。就職活動を思い返すと、いつも彼の事が思い出される。元気かな……。
●3ヶ月間で20社ぐらい落ち続けたこと。その時はかなり凹んだ。 が、そのうち面接官で企業のイメージがわかるようになり、こちらが辞退したいと思ったところは不採用になることが多かった。「仕事もご縁」だなと思った。
○内定が取れなかったこと
●父の鉄工所で32年間 サラリーマンで3社、そしてハローワーク神戸へ。波乱にとんだ人生になりそうですが、大阪のキャリア交流プラザ~人材銀行を経て3社。そして神戸人材銀行を通じてハローワーク神戸に……。職務経歴書って何?からスタートし最長失業期間11ヶ月でした。56才から求職活動を始めたので高齢者の求職活動のつらさ、又、求人側と求職側のギャップ等苦しい事の方が多かった様に感じますが、この経験がアドバイザーとしての業務に役立っているかも……
○入社試験で、英語が「0点」だったのに合格できたこと。
●私の場合、就職活動というよりも就社活動であったかも知れません。ほぼどのような業界で仕事をしたいということは決めていましたが、会社説明会での担当者の印象が大変良かった会社に応募し採用されました。自分の職業人生を振り返ったときに、この会社で社会人としてのスタートを切れたことに感謝したいと思っています。
○ある企業での最終面接でのこと。社長が「今日、この後社員の懇親会があるんだけど、良かったら参加しないか?」と言われ、もちろん二つ返事で参加!!ところが、懇親会は飲み会ではなく川辺のバーベキュー大会でした。皆さんラフな格好で、私だけがリクルートスーツ。今更断れず、スーツでマメマメしくお手伝いしました。勧められた鮎の塩焼(串刺し)をかぶりついた瞬間、魚の油がぼとぼととスーツの襟元に!!汗と煙と魚の油でドロドロになりましたが、社員の皆さんは本当に優しくてフレンドリーでした。
●弁護士に憧れたこともありましたが、勉強嫌いだったので諦めて公務員試験を受けました。資格者名簿に登載されても自ら売り込むことを知らなかったので、就職活動をしないで待っていたら面接の誘いがありました。中でも「加古川刑務所」から誘いがあったのには驚きました。父が「刑余者に親切心を出して便宜を図れば首になる、誘惑に弱い所があるので心配」と反対された。国立病院からの誘いがあり、白衣の天使の職場に少し心動かされたけれど「華奢な体で免疫力が弱いので、患者から病気をもらう恐れがある」と言われここも断念した。最後に警察官になろうかと思って受験を考えていた時、公共職業安定所から採用の連絡があったので仕事内容も判らないまま就職しました。もし「刑務所、病院に勤めていたらどんな人生だったろうか」と想像する時があります……「暴力団幹部から賄賂を貰って懲戒解雇」のニュースを聞くと、就職時の父の言葉を思い出します。
○面接を受けた時にお聞きした言葉で印象に残っています。
・仕事は教えますが、自分で周りを見て覚えて下さい
・必ず、ミスは報告して下さい
・勤務時間内で仕事の配分をし、仕事を終わらせて下さい
この事を今でも実行して働いています。
●ある面接で、面接官が時間が無かったのか?私の転職履歴にあきれたのか?最初の会社から矢継ぎ早に退職理由を「この会社はなぜ?」、「この会社はどうして?」、「次は?」と追い立てられるように聞かれました。私は面接官を見て質問されるスピードに合わせて事前に退職理由の伝え方を考えており、答えることが出来たことなど、あのテンポで質問を受けたことが初めてだったので、とても「頑張った~~~!」という印象の残った時間でした。
○あまり思い出したくないのですが、求人票には年齢不問と記載されていたが、年齢をいった時点で、応募拒否された事。現実を思い知らされたと同時に、“こんな会社はこちらから願い下げ!”と開き直った思い出があります。But、正直、歳のこと言われると核心をつかれてるだけにガックリ↓↓ きますよネ~~~
●時代のおかげか性格のせいなのか就活に悩んだ記憶がありません。(今となっては良かったのか否か?不安も残りますが ) 子供の頃の夢と社会に出る時の夢は変わってしまいましたが、『なりたいものになる』…… なれると信じることが大切!! かな?!
好きなもののそばで仕事ができたあの頃は、それだけで大満足でした。
○40年前、ある大手建設会社に応募し、社長面接を受けた際のやり取りが現在も鮮明に浮かぶ。 君は面接事前アンケートの「支持する政党」欄に記入していない、どうしてかと問われ「支持する政党がないからです」と答えると、「君は会社が指示している事に従わないのか」と強い口調で社長激怒。当然不採用。ワンマン社長だったそうです。その後応募した中堅企業で「自分の言いたい事を言い、自由にノビノビと」40年近く勤めあげた現在、何が幸かわからない。